けんじぇるのてくてくスローライフ

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【書評】読書の”3つの問題”を皮肉った小説 | 本を守ろうとする猫の話(夏川草介著)

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こんばんは。

 

今日も読書、明日も読書、毎日読書の読書好きなけんじぇるです。

 

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僕は本が好きです。

 

そして本の良さ、読書をすることの素晴らしさを伝えたいとも思っています。そんな中でとても興味を惹かれる本を見つけたので、紹介したいと思います!

 

 

 

※ネタバレを含むので、ゼロから読みたいひとはお気をつけて。

この本を読んでほしいひと

この本は「読書」について書いてあるものなので、どんな人に読んでほしいかもかいておきましょう。

 

●読書が好きなひと

●読書をしようと思っているひと

 

そもそもこの記事を読んでいるということは、何かしら「読書」に興味があるひとだとは思いますが。笑

 

さてさて、早速その3つの問題について見ていこうかと思いますが、その前にちょこっとあらすじを書いておかないと話がしづらいので書きます!

 

あらすじ

古本屋を営む祖父が亡くなった。

高校生の林太郎は途方にくれ、学校にも行かず、古本屋の店番をする。そんなある日、一匹の猫が店内に入ってきて一言「お前の力を借りたい。」と。

そんなしゃべる猫と繊細な高校生林太郎の本を救う物語。

 

 

 これを見てもわかるように内容は結構なファンタジーです。

 

それでもその中で出会う問題には、「読書」の本質を突くものが多く、なんだか胸が痛くなります。お話自体はとてーーーも面白いです!読み終わりたくないワクワクするような展開があります。

 

では、いよいよ「読書」の3つの問題をみていくことにしましょう!

 

第一の問題 ”多読”

物語では、先ほど紹介した猫が 林太郎をつれ本を救済するために迷宮に向かいます。

 

そこでは、1ヶ月に100冊読み、これまで読んだ本は約5万冊におよぶ読書家の主人と対峙します。

 

僕も多少人より本を読みますが、それ以上に本を読みそれをただ自慢したいだけの人もいます。ただのビジネスとしての読書家が。

 

それは読書すること、本が好きなのではなく、本を読んでちやほらされている自分が好きなのです。

 

本が読めるようになったことで、自分も何かすごくできるように勘違いしてしまうことはとても怖いことです。そんな人たちに響く亡くなった祖父の言葉があります。

 

「たくさんの本を読むのはよい。けれども勘違いしてはいけないことがある」

 

「本には大きな力がある。けれどもそれは、本の力であって、お前の力ではない

 

「ただがむしゃらに本を読めば、その分だけ見える世界が広がるわけではない。どれほど多くの知識を詰め込んでも、お前が自分の頭で考え、自分の足で歩かなければ、すべては空虚な借り物でしかないのだよ」

 

「本がお前の代わりに人生を歩んでくれるわけではない。自分の足で歩くことを忘れた本読みは、古びた知識で膨らんだ百科事典のようなものだ。誰かが開いてくれなければ何の役にも立たないただの骨董品に過ぎない」

 

お前はただの物知りになりたいのか?

 

つい本を読み込んでいると、自分だけが人よりも優れているような、そんな感覚があります。恥ずかしいことですが、そんな風に思ってしまう時もありました。

 

でも重要なことは、本をただたくさん読むことではないのです。

 

本を読み、自分なりに考え、行動すること。

 

その時に本は初めて、その大きな力を貸してくれる友だちとなるんです。

 

第二の問題 ”速読”

無事第一の迷宮で本を救い、次の迷宮に猫と林太郎は向かいます。

 

ここでは究極の”読書の効率化”を目指す一人の研究者と対峙します。

 

つまり速読のことです。

 

本屋さんに行ってみてください。”速読”について書かれている本は本当に、ゴマンというほどあります。

 

僕は本屋によく行きますが、この方法で誰でも速読できます!1日5冊以上本が読めます!なんていう言葉が目につきます。

 

忙しい現代人にはとても合っているのかもしれません。

 

そしてここでは、”簡単にすること”についての話も出てきます。

 

最近は、漫画で読める〇〇シリーズと題して有名なビジネス著が書かれていたり、〇〇入門!といって入門本が増えてきています。

今の時代はね

難解な本は、難解であるというだけで、もはや書としての価値を失うのだよ。誰もが気軽に、愉快に、はやりのクリスマスソングをダウンロードするかのように傑作を読みたがる。楽しく、速く、たくさんの読書を。そういう時代の要請に応えなければ、傑作は生き残ってはいけない」

 

そう、確かにそうなんだ。

 

だからこそ、楽に、手軽に読まれる本は売れていく。でもそれでいいんだろうか、それで本当に読書は楽しいのだろうかと考えました。

 

そんな時、また優しく祖父は言葉をかけてくれるのです。

 

「本を読むことは、山に登ることと似ている」

 

「読書はただ愉快であったり、わくわくしたりするだけではない。ときに一行一行を吟味し、何度も同じ文章を読み返し、頭を抱えながらゆっくり進めていく読書もある。その苦しい作業の結果、ふいに視界が開ける。長い長い登山道を登り詰めた先ににわかに眺望が開けるように」

 

「愉快な読書もよい。けれども愉快なだけの登山道では、見える景色にも限界がある。道が険しいからといって、山を非難してはいけない。一歩一歩喘ぎながら登っていくこともまた登山の楽しみだ」

 

簡単な本ばかり読んでいる人を非難しているわけではありません。

 

でも自分にはなかなか難しい。全然進まない、きつい。と思う本を読み終えたとき、それが難しければ難しいほど、達成感は大きいし、あとあと自分に力を貸してくれます。

 

少し挑戦してもいいかもしれません。

 

第三の問題 ”出版の闇”

 さて、第三の問題では「世界一番堂書店」という出版社の社長と対峙したときから始まります。

 

本について一つ心苦しいことを社長は言っています。

「本は消耗品なんです。その消耗品をいかに効率よく、世の中に消費していただくかを考えるのがこの仕事なんです。本が好きだとか言っていたらとてもできない仕事です」

 

確かにこの言葉は言い表しているかもしれません。

 

本は読まれなくなったといいます。

 

それは昔に比べてネットが発達して、本を読まなくても手元で情報が手に入ってしまうようになったからなどいろいろ理由はあるでしょう。

 

でも一方で、毎年本は7万冊出版されています。

 

今でも大量に本は出ているんです。

 

それは読みやすく、手軽な本が増えたからかもしれません。

 

本が読まれないという時代に、本を売っていくためにはそうすることも一つの方法かもしれません。本屋は慈善事業じゃないのだから、売れなければ意味がないというのもわかります。

 

でも本を売ることと同じくらい、大切なことがあるといいます。

 

「じいちゃんがよく言っていました。お金の話を始めると際限がなくなってしまうと。百万があれば二百万がほしくなる。一億あれば二億がほしくなる。だからお金の話はやめて、今日読んだ本の話をしようって。

 

素敵なことです。

 

本は残していくべき大切なものです。それはただの消耗品ではなく、ね。

 

うんうんと頷きながら読んでいました。

 

やっぱり僕は本が好きなんだと。

 

本が好きなひと、もっと増えるといいなぁ

ふう。結構書きました。

 

読んでくれてありがとうございます。

 

この本、とてもオススメです。これを読んで本が好きな人が増えるかどうかはわかりませんが、ただストーリーとしても面白く、考え直すこともできるこの本は是非一度読んでほしいと思います。

 

また

本が好きなひとが一人でも増えて、本の話ができることを願って。

 

 

 

 

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